芥川龍之介「鼻」 -読後感想文-

芥川龍之介の「鼻」を読んだので感想を書きます。
短編小説の中でも短いほうなので、興味のあるひとはお勧め必読です。

個人的な感想ですが、小説の内容が含まれている場合があります。
これから読もうと考えている方はネタバレ注意のため読まないでください。

あるところに大きな鼻のお坊さんがいました。
お坊さんはその鼻にコンプレックスを持っていたので、とても苦労をしています。
弟子に鼻を持ち上げてもらわないと食事ができませんし、大きな鼻があるから出家したのではないかと噂されていました。それはお坊さんの心を苦しめていました。

そんな心労をなんとか和らげることができないかと、お坊さんは色々と試してみました。
顔の角度を変えたら鼻が短く見えるかな?
私のように大きな鼻の人は他にいないかな?
しかし、そのどれも失敗してしまいました。

あるとき、お坊さんの弟子がお医者さんから”鼻を小さくする方法”を教えてもらいました。
お坊さんは自分からその方法を試してみたいを言えず、弟子から試してもらいたいと言わせるように遠回しな行動をとりました。
弟子たちはそのことに気づいていましたが、大きい鼻のことを不憫に思っていたのでぜひ試してくださいとお坊さんに言いました。

“鼻を小さくする方法”を試したお坊さんは、みごと鼻を小さくすることができました。
お坊さんは喜びましたが、なにか周りの人々に笑われているような気がします。そのときに、お坊さんはこう考えたのです。
人は他人の不幸に同情するが、その不幸が取り払われるとつまらないと感じたり、もう一度不幸にならないかと心の中で思うのではないか?

そう考えてしまったお坊さんは不機嫌になり、次第に弟子たちに辛くあたるようになってしまいました。弟子たちも、そんなお坊さんの陰口をたたくようになってしまったのです。
お坊さんは、大きな鼻のときのほうがよかったのではないかと思いました。そう思うと、この小さな鼻が恨めしくも感じました。

そして、季節が秋へ移り変わるころ。
不思議なことに、お坊さんの鼻は一夜にしてもとの大きな鼻へ戻っていたのです。
これでも、もう誰も私のことを笑わないだろう。
お坊さんはどこか晴々とした気持ちになったのでした。

感想

誰もがひとつやふたつのコンプレックスを持っていると思います。もちろん、私にもありますし、他人と違うことを気にして恥ずかしくなることもあります。そのような”誰にでもある”題材を用いて、そのことに対して人々の心がどのように動くのかをうまく表現している短編小説だなと感じました。

この話の主人公はお坊さんですが、いくぶん俗物的な思考をしていると思います。お坊さんと聞くと、どこか達観した心を持っているのかなと思いがちですが人は人です。もちろん、ある種の悟り?を開かれた涅槃に到達した高僧は別なのでしょうが、この人間味のあるお坊さんに私は共感し惹きつけられました。とくに、”鼻を小さくする方法”を自ら試してみたいと言えないところなんか実に人間臭い所作だと感じました。

そして、鼻が小さくなったお坊さんが考えたことは、1つの真理のように思います。
“弱者に同情し助ける”という愛護の精神と、”勝者を妬み貶める”という僻みの精神。この心理は哲学者ニーチェの提唱した”ルサンチマン”にも似ていると感じました。つまり、”弱者を正当化しようとする”心の働きなのではないかと感じました。現実でも、何かの分野で成功をおさめた人をはっきりとした理由もなく非難をする人々がいます。このとき”非難したい”という目的が最初にあり、後付けの理由は適当に探し出したものであったりするので、大抵の場合は的外れで説得力がありません。おそらくは、私たちの心は根本的なところで、このような感情を生み出すロジックがあるのだと思いました。

日本には”出る杭は打たれる”という熟語がありますが、この場合はすこし具合が違います。お坊さんは人よりも大きな鼻を持っていて、それは決して”出る杭”ではありません。
お坊さんが人々に覚えた苛立ちは、お坊さんの固定化した印象の変化を人々がすぐに受け入れることができなかったためです。お坊さんの小さな鼻を素直に受け入れることができていれば、お坊さんは人々に腹を立てることもなく、すべては良い方向へ向かったと思います。しかし、人は一度付けてしまった印象を書き換えることを嫌います。言い換えれば、人々は変化を嫌うのです。そのため、お坊さんに付けられた”大きな鼻”というレッテルをすぐに剝がすことができなかったため、人々はお坊さんを笑い、お坊さんはそれに怒りを覚えたのです。

その後、お坊さんはコンプレックスであった大きな鼻に戻ったときに安堵しています。
これは、人々の変化を恐れる心に相応した、お坊さんの心境なのだと思います。ずっと心の内で苦悩していたコンプレックスが解消されはしましたが、そのことで別の苦悩が生まれてしまいました。新しい苦悩の対処方法を一から考えるよりも、昔から慣れた苦悩と付き合うほうが楽だと感じたのでしょう。要は、お坊さんも変化することを嫌ったのではないか、と私は感じました。

芥川龍之介 – Wikipedia

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