スカイラブ計画とは? -人類はまもなく宇宙を征服する-

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はじめに

宇宙はよいですね。夢があります。
まだわからないことが沢山あり、新しい発見がされるたびに心ときめきます。けっこう前になる?かと思いますが、重力波がはじめて観測されたときは、気分がぐっと盛り上がったのを覚えています。
で、今回は”スカイラブ計画”について書いていこうかなと思うわけです。

スカイラブ計画とは?

簡単に言えば「宇宙ステーションを打ち上げて色々観測や実験してみようぜ」という計画です。1973~1979年の間、アメリカの宇宙ステーションが地球を周回していたのですが、こいつがスカイラブ。
スカイラブ(Skylab)とは「空が好き」ではなく「空の実験室」という意味で、labは”laboratory”の略になります。宇宙ステーションというくらいですから、もちろん宇宙飛行士が滞在して実験などを行っていたのですが、都合3回の有人飛行を行いスカイラブであれこれやっていたようです。

なんで宇宙ステーションを造ったの?

時は1950年代、巷では宇宙開発に注目が集まっていました。まあ、技術進歩が著しい時代だったんでしょうか、科学という新しい武器を手に入れた人類は、いろんなものに挑戦していたのでしょう。そんなときに、宇宙開発の初期段階では宇宙ステーションを造るのが重要であると偉い人が言ったんですね。SF作家の巨匠アーサー・C・クラーク先生をはじめ、宇宙に対いて照準を合わせてぐいぐい考察を行っていたのですが、1952~1954年に雑誌”コリヤーズ”にて「人類はまもなく宇宙を征服する!!」という記事が載りました。これはロケット技師のヴェルナー・フォン・ブラウンが書いていたそうですが、その時の構想では直径75メートルのリング状のステーションを回転させて人口重力を発生させる案が書いてありました。80名ほどが滞在可能で、月や火星の探査を行うときの拠点とするべし、と考えていたようですね。

しかし、残念ながらこの案は実現しませんでした。技術が進み、無人の人工衛星が開発されてしまったのです。この頃はまだそこらへんで戦争ドンパチの時代ですから、人工衛星うかべて敵国の軍事拠点の監視やらミサイルを発見するほうが金の使い道としては有益だったんでしょうね。
ということで、大型の宇宙ステーションは造る前からお役御免。さらばロマン。となったわけですが、小型の宇宙ステーションについては検討する価値を残しておりました。大型のものより費用が掛からないし、無重力での実験などもできる。もしかしたら米ソの宇宙開発競争も関係していたりするのかな。まあ、そんなわけで”スカイラブ計画”は実行されたのです。

スカイラブってどんな形?

率直にかっこいい。プラモデルほしい。
個々の部屋の解説をざっくりとやりますと、画像右側は実験室ですね。ここで色々な実験や観測を行います。真ん中あたりは宇宙飛行士の居住スペース、左側はドッキングシステムです。
ここで注目したいのは居住スペース。これまでと違い長期間の滞在を想定していたので、潜水艦での居住生活を参考にして造られているそうです。また、地球が見えるように窓を付けてみたり、映画やゲームができる遊戯室なんかもあったみたい。宇宙飛行士たちは、読書と音楽鑑賞ができるように希望した模様。あとはアポロ計画のときの宇宙食、これの評判がとても悪かった。一泊二日の弾丸旅行じゃないので、食事と言うのは宇宙飛行士のモチベーションを保つために重要だと考えたNASA(アメリカの宇宙機関)は、それまでの固形・チューブでの食事をやめて食べやすさを重視した宇宙食を開発したようです。こんな感じで、宇宙で人間が長期間活動するための研究が行われたのも宇宙開発におけるスカイラブ作戦の貢献ではないかと思ったりします。

宇宙ステーションの無人発射

アメリカ宇宙センター 第39発射施設
1973. 5. 14 17:30:00(UTC)   スカイラブ1号 SL-1

無人発射(宇宙飛行士は無搭乗)にてスカイラブが打ち出されました。
しかしまあ、発射直後からトラブル続き。発射時の空気抵抗にて微小隕石保護シールドが脱落。その結果、2枚あった太陽電池の1つがお釈迦(引きちぎれた)、もう一方は展開できなくったのです。電源の大半を失った宇宙ステーション、さらには強烈な太陽光から本体を保護することもできなくなるという危機的状況。さて、スカイラブの運命は。

という問題を解決したのが第1次飛行(SL-2/SLM-1)の宇宙飛行士たち。彼らは代替えの熱保護シールドを被せ、残っていた太陽電池を展開させることによりシステムを回復させたのです。ちなみにこれは史上初の宇宙空間での船外活動(EVA)だったのです。これ、相当な度胸が必要ですよね。

熱保護シートを被せたスカイラブ 太陽電池が1つしかないのが確認できます

有人飛行は計3回行われており、それぞれSL-2~4/SLM-1~3の飛行番号が与えられています。ややこしいですがSL-1~4のうちSL-1は無人(ステーション本体)で、 SL-2は有人飛行でありSLM-1と同じ飛行です。このあたりはNASAがトチッたみたいで、本当はSLのほうで統一したかったみたい。

スカイラブ計画の成果

スカイラブが撮影した太陽

宇宙開発の基礎実験、地球観測、無重力環境での科学技術実験。というミッションがあったのですが、取り分けて有名な成果としては太陽のコロナホールの発見じゃないかと。コロナホールとは、太陽の表面で他の箇所よりも冷たく暗い場所という認識でいいかと。これはスカイラブのX線望遠鏡により初めて確認されたものでした。たぶん細かいデータをあげれば、多くのことに貢献していると思いますが、とりあえずこれは有名らしい。

大気圏再突入

要するに、地球に落下した時のことです。
SL-4以降、スカイラブはNASAに見捨てられていました。 耐用年数などを考慮してスカイラブを使用することを避けていたのです。しかし、スカイラブには酸素などの物資はまだ残っていました。そのころに開発が進められていたスペースシャトルにより、スカイラブの補修を行い再利用するプロジェクトもあったようなのですが、肝心のスペースシャトルの開発に遅れがあったようで実現されなかったのです。

単純に考えて、空から金属が時速120kmで降ってくると聞いて心穏やかな人なんかいないでしょう。アメリカさんの国務省も、他国に落ちた時の外交問題を懸念してNASAに警告をいれています。その一方で、墜落場所や時間で賭け事を行っている人々がいたりとお祭り騒ぎ。このことは世界的に報道されて、当時けっこう話題になったみたい。結果としては、西オーストラリア州に残骸が墜落。1979年7月11日にスカイラブは姿を消しました。

おわりに

スカイラブ計画は過去のものですが、宇宙開発は現在進行形です。これからどんな発見がされるのか、はたまたどんなことが可能になるのか楽しみなものです。重力波が観測されてからどんな発見があったのか今度調べてみようかな。

では、機会があればまた。

スカイラブ計画 – Wikipedia

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