指輪

小説

 
 これは私が7歳の頃の話になる。
 私の両親は共働きであった。そのため、私は学校が終わると祖父母の家へあずけられ、日が暮れるころに自宅へ帰るという生活をしていた。私の知らない間に両親と祖父母の間で話がすんでいたようで、私はごく自然とそれを受け入れた。子供を一人で家においておくよりも、そのほうが安心できたのだと思う。幸いにして祖父母の家は私の通学路の途中にあった。
 祖父はタクシーの運転手をしていた。勤務時間はその日によって違うが、私が学校から帰るころは大概において出勤していることがほとんどであった。そのため、私は祖母と過ごす時間が多かった。
 祖母は体が悪かった。ずいぶんと太っていたし、歩くのも大変そうにしていた。祖母が癌であると知ったのはずいぶんと先の話になるが、聞いたところによると一年ほどの余命宣告を受けていたらしい。当時、すでにそのような状態であったにもかかわらず、祖母が亡くなったのは5年後であった。
周りの大人たちは子供の私にそのことを伝えるはずもなく、私はただただ祖母と午後の穏やかな時間を過ごした。祖母はとても温和な性格で、まるで赤子に話しかけるような声音で、ゆっくりと、私に話しかけた。それが病によるものなのか、または薬によるものなのか、現在においても私にはわかりはしないが、それは大した問題ではないと思う。

 私は祖母と夕方からはじまるドラマの再放送をよく見ていた。祖母は「裸の大将」が好きなようで、お茶とお菓子をちゃぶ台に置き、ブラウン管に映し出されたランニングシャツ姿の中年男性の物語を一緒に見るのが日課であった。そのドラマが終わりなお、自宅へ帰るには少し早い。だから、私と祖母はおしゃべりをする。祖母は私に学校での出来事についてよく訊いた。思い返せば、大抵の場合は祖母から尋ねられたことに私が応えていたように記憶している。私が無垢なハツラツとした声で話しはじめると「へぇ」「そうかぁ」「それはよかったねぇ」と、祖母は相槌を打った。
 ある日、私は祖母の指にはめられた指輪に目が留まった。小さなダイヤのはめられた、それほど派手ではない指輪だ。祖母の指は霜が降りたように脂肪が覆っていたためとても太かった。指輪は指をきつく締め付けているように見え、とても痛々しく感じたことを鮮明に覚えている。
私は、痛くないのかと尋ねるた。祖母は「痛くはないよ」と言った。
 前にね、戦争があって、住んでいた町はみんな焼けてしまったのよ。十分な食べ物もなかったし、おばあちゃんの家族は兄弟も多かったからみんな細く痩せていて。だから、みんながんばったの。おばあちゃんもおうちの仕事をいっぱいしたのよ。17才のころかな、おじいちゃんが言ったの。僕があなたを幸せにします。だから、結婚してくださいって。そのときにこの指輪をおじいちゃんからもらったの。おじいちゃんは一生懸命働いてくれて、おばあちゃんが産んだ三人の子供も元気に育ってくれて、みんなお嫁にいってね、うれしいねぇ。
 と、祖母は言っていた。
 その指輪は、祖母が亡くなった時に遺骨と一緒に骨壺に入れられた。指輪は火葬のさいに溶けていたが、私にはそれがあの指輪であることがわかった。以前の姿形をありありと思い浮かべることもできた。
 あの時、祖母はこうも言ってた。
 色々あったねぇ。うれしいことも、かなしいことも。でも今はもうなあんの心配もないから。昔はあんなに必死に生きることだけ考えていたのに、おじいちゃんも一緒にいてくれるし、食べるものに困らないし、おばあちゃんも太っちゃったからねぇ。だからね、この指輪、外れなくなっちゃった。
 そう語る祖母は、どこか17歳の少女のように恥ずかしがっていた。

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